私がNTUを選んだ理由は、正直に言えば「学歴」だった
前回、私は「留学したくて留学したんじゃない」という話を書いた。今回はその続き、「なぜ数ある大学の中でNTU(南洋理工大学)を選んだのか」を正直に書こうと思う。
先に本音を言ってしまうと、私がNTUを選んだ一番の理由は、世界大学ランキングだった。
どうせ留学するなら、日本の最高峰である東京大学よりも高い「肩書き」が欲しかった。QS世界ランキング(2026)で見れば、NTUは東大よりずっと上にいる。その数字が、当時の私にはとても魅力的に見えたのだ。(実際には交換留学なので、学位が取れるわけではないが。)
本当は、第一志望はもう一つ上の、アジアトップ・世界8位のシンガポール国立大学だった。でも校内選考で通らず、世界12位のNTUに落ち着いた。それでも「世界12位」という響きに、私は満足していた。
ちなみに国をシンガポールにしたのは、英語と中国語の両方に触れられることと、単純に欧米よりアジアが好きだから。そして、アジア経済のハブであり、政府の統率力も魅力的だった。これは今でも良い選択だと思っている。
来てみたら、思い描いていた「天才ばかりの環境」ではなかった
正直に告白すると、私は心のどこかで、こう期待していた。
「世界12位の大学なら、周りは自分より賢い人ばかりで、その環境に揉まれて、自分も成長できるはずだ」と。
でも、来てみて感じたのは、少し違う現実だった。
グループワークでは、正直あまり手を動かさない人もいる。試験の平均点が、思っていたより高くないこともあった。そして、世界ランキング12位でも、シングリッシュが根強く、いわゆる「標準英語」を学ぶことができなかった。少し意外だったのは、小中の義務教育の中に中国語が入っていて、高校でも中国語を教育課程の中に含むことが多いのに、必ずしもみんなが中国語を流暢に話すわけではなかったこと。確かに日本人も英語は流暢ではないが、シンガポール人は日常的に中国語を使う機会が多いのに、である。
留学生の友達も、多くは私より年上だった。でも正直に言えば、一緒に過ごす中で、私が期待していたような関係は築けなかった。私はどこかで、”世界ランキング上位の大学に集まる留学生なら、話していて刺激をもらえるような、賢くて面白い人ばかりだろう”と思い込んでいた。でも、実際は違った。留学中に出会った人たちとは、あまり噛み合わない、気が合わないと感じることの方が多かった。
もちろん、これは私が見ている範囲の話でしかない。私は現地学生より留学生との交流が多いし、コンピューターサイエンスのような分野では、この大学は世界的な成果を出している。私が専攻しているビジネス分野だって、有名だ。だからきっと、私が「すごさ」を実感できていないだけで、本当の実力はもっと別のところにあるのだと思う。
でも、当時の私が抱いていた「名門大学=周りは天才だらけ」という素朴なイメージは、良くも悪くも、現実によって静かに裏切られた。
「ランキング」と「自分が得るもの」は別
ここで、私は大事なことに気づいた。
私はずっと、「世界ランキングの高さ」=「そこで得られる学びや出会いの質」だと思い込んでいた。でも、この二つは、実はまったく別のものだった。
ランキングは、研究の実績や論文の数など、大学全体を測る「大きな数字」だ。でも、留学生の私が日々感じる学びや、友達との出会いや、生活の豊かさは、その数字とは直接つながっていなかった。
肩書きが欲しくてこの大学を選んだ私は、いざ来てみて、「肩書き」そのものは、私の毎日を豊かにしてはくれないことを知った。少し、期待外れだった。
同時に、日本の大学はQS世界大学ランキングであまりにも過小評価されていると感じた。その理由は、英語力の低さだろうか。
それでも、この「気づき」自体が留学の収穫だった
ただ、私はこの留学を後悔しているわけじゃない。
「ランキングで大学を選んでも、期待した通りの環境が待っているとは限らない」——この当たり前だけど、来てみないと分からなかったことを、身をもって知れたこと。それ自体が、私にとっては大きな収穫だった。
これから留学先を選ぶ人へ
もし今、「どうせ行くなら、少しでもランキングの高い大学へ」と考えているなら、その気持ちはよく分かる。
でも、ランキングの数字は、その場所で得るものを、保証してはくれない。
大学の格だけではなく、「そこで自分が何をしたいか」「どんな環境で、どんな人と過ごしたいか」——そういう、数字にならないものを一緒に考えて選んだ方が、後悔は少ない。そしてそれがわからなければ、参考としてランキングを指標にすればいい。このくらいの期待値の方が、留学前に抱いた”名門幻想”が、現地で崩れなくて済む。


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